先月末に開催した『キャタピラー』特別先行上映、若松孝二監督トークイベントに多くのお客様にご来場いただき、ありがとうございました。若松監督のトークイベントの模様と、質疑応答などの採録をアップします。『キャタピラー』本公開は8/14(土)から3週間の上映予定です。本年度ベネチア国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を主演の寺島しのぶさんが受賞した話題作です。ぜひお見逃しなく!

※採録の文中「天皇に謝ってほしい」という部分が「天皇にあやまりたい」となっておりました。質問者の方には大変失礼を致しました。お詫びして訂正させていただきます。

←若松監督に劇場前のポスターに
 サインをしていただきました!
 劇場にお越しの際は、
 ぜひご覧ください!!


若松孝二監督最新作『キャタピラー』特別先行上映(7/31)
●まず、映画を撮ろうと思ったきっかけについて。

「連合赤軍」を撮っていたときに“学歴もあるちゃんとした若者たちが、なぜこんなことしたんだろう?”と考えていました。背景には、その親の世代がやってきたことがあるのだろうと思った。ベトナム戦争のとき、あの頃の若者たちは“親の世代に戻ってはいけない”と思ったから、立ち上がったんだろうと思う。その親の世代のことを、忘れないうちに撮っておこうと思った。僕がいいたいことは、正義の戦争なんてないってこと。戦争というのは、なんの恨みもない他人を殺すし、自分も殺されること。一番苦労するのは、女の人と子供。若い人にそれを知ってほしい。

戦争中は、僕は子供だった。覚えているのは、空が真っ赤に燃えていたことだけ。僕も兵隊になって国のために働くための教育を受けてきた人間です。映画の世界に入って、戦争のこと調べとけ!と言われて初めて調べだした。そしたら、あの頃の政治家が本当ににひどく、あの頃の日本がどれほど悪かったかってことがわかってきた。

キャタピラでは、夫婦をテーマにしてその向こうに見えてくる戦争を描きたかった。今、72歳。今撮っておかないと、もう撮れないと思った。




●質疑応答

Q: 主人公の描き方が見事でした。
  両腕、両足がない姿をどういう風に撮ったのですか?

A: 大西くんの四肢を切るわけにもいかないので…(笑)
  前から撮るときは、後ろに手を縛り付けたり、
  寝ているときの足は、床に穴を開けたり、
  最後の3カットのみCG使っています。

Q: キャタピラというタイトルについて、お聞かせください。

A: 江戸川乱歩の「芋虫」という作品があって、はじめはそこから名前
  をとっていたんだけど、それが著作権の関係で使えなかった。
  芋虫を英訳するとキャタピラ。戦争で人が轢き殺されるイメージと
  も重なったし、寺島さんは外国で賞とったし結果的によかったと思
  っている。

Q: 映画の中から聞こえてくる“いなかの音”がすごくよかった。
  どんなふうに撮ったのか?また撮影で苦労された点は?

A: 撮影は4月だったので、田んぼのカエルの鳴き声を止めるのが大変
  でした。撮影はぶっつけ本番で、何度も撮り直したりしないので虫
  の音が入るのは避けられなかった。編集でそれを消すのがたいへん
  だった。
  キャタピラはわずか12日で撮った作品。現場はものすごい緊張感で
  した。寺島さんは、撮影中に血尿でるくらい神経使って、終了後に
  すぐに病院に駈け込んでいた。大西くんは、役に入り込んじゃって
  実際に自分の頭を角にぶつけてガンガンやって、本当の血流してた
  くらいだった。



Q: 寺島しのぶさんが、何かのインタビューの中で「最近の日本映画には
  企画・脚本おもしろいものがない」と嘆いておられました。
  韓国映画が最近リアル感があっておもしろい。日本の映画にはそれが
  ないと感じる。その原因はなんだと思われますか?

A:  日本の監督がバカなんです。イケメン使えば客入ると思ってる。
  テレビ局と組んで公共の電波つかって「大ヒット」だの
  「おもしろい」だの言って、人をだましてる。
  これからますますひどくなるだろうね。
  腹たってしょうがない。
  僕は、カネかけずにこれからもちゃんとおもしろい映画つくるよ。
  キャタピラもお金がなかったので、寺島さんはノーメイク。
  でもね、だからあの芝居ができる。
  化粧すると皮膚が芝居しないんだ。
  僕は、本当におもしろい映画作って、若い人が映画館へ帰ってきて
  ほしい、と思っている。イヤなものはイヤだと言える世代に、
  自分の映画を見てほしい。大人になるとなかなか素直にイヤだと
  言えなくなるから。僕は、とにかく経済がダメでも戦争のない世界
  を、と思う。経済がダメだからそろそろ戦争でも…というバカな
  政治家がいるけど、そういう人を選んじゃいけないよ。



Q: 義理の父が戦争体験者でしたが、戦争については全く語ってくれま
  せんでした。ただ「天皇に謝ってほしい」と一言だけ言っていたこ
  とがある。映画の中で、シゲ子が取り乱して床の間に飾ってある物
  を床に叩きつけたシーンがあったが、天皇の御真影までには手が出
  なかった。このあたりに何か監督の思いはあったのでしょうか?

※文中「天皇に謝ってほしい」の部分が「天皇にあやまりたい」となっておりました。質問者の方には大変失礼を致しました。お詫びして訂正させていただきます。

A: そこまでやると、右翼がだまっていなかったでしょう。
  騒いでもらうと話題になるんだけどね。あれはできなかった。
  右翼からやられる可能性がある。
  僕はもう2、3本映画撮りたいと思ってるから。
  戦争中は、天皇の御真影に1日10回くらいは頭を下げていた。
  そのくらい一人の人間を神格化していた。今の北朝鮮といっしょ。
  軍の幹部が悪い。
  
Q: 最後にひとことお願いします。

A: 僕は、今までイヤなものはイヤだと一貫して言ってきた。
  しょっちゅう、白い目で見られているけどしょうがない。
  とにかく、ああいう時代が来ないように…と思っている。
  悪いなと思ったら反省すること、これがいちばん大事じゃない
  ですか?もっとおもしろい作品を考えているので、次も楽しみに
  してください。


「キャタピラー」
●8/14(土)〜8/20(金)
 10:15/12:05/13:55
●8/21(土)〜8/27(金)
 10:15/14:10
●8/28(土)〜9/3(金)
 17:45
[特別料金]
会員・シニア・大学・専門学校 1,000円/一般 1,300円/高校生 500円

※駐車割引は適用されません。
 ご了承ください。

[2010/日本/1時間24分]
監督:若松孝二
出演:寺島しのぶ、大西信満、吉澤健、
   粕谷佳五、増田恵美、河原さぶ
公式ホームページ →→→
http://www.wakamatsukoji.org/
2010年ベルリン国際映画祭コンペティション部門 寺島しのぶ:銀熊賞 最優秀女優賞
「忘れるな、これが戦争だ」若松監督が痛烈に描く究極の反戦映画。四肢を失い戦場から帰還した夫と心中しようと首をしめた時、夫が尿意を催し、たちまち鬼の顔から菩薩となり世話をする…「戦争とは国家による人殺し」と痛烈に描いた本作で、主演・寺島しのぶの圧倒的な演技はベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した。顔が焼けただれ、聴覚も失った男は村で「軍神」と崇められるが、その旺盛な性欲、食欲は衰えず、妻は身も心も振り回される。そんな中、夫は戦地で犯し、殺した女たちの思い出が蘇ってくるのだが…。過去から一貫して変わらない反権力のまなざしで監督は「正義の戦争が、どこにあるのか」と問いかける。これはフィクションではない。肉体や精神を含め戦争はあらゆるものを破壊するということをぜひ感じ取ってほしい。














若松孝二監督

 現在、絶賛公開中の『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』。スタッフ内では最初から最後まで泣ける! 『ブエナ☆ビスタ☆ソシアル☆クラブ』でも思いましたが、音楽をやっているおじさんたちはなんてかっこいいんだ! と大絶賛。アルゼンチンタンゴのステージ、そのバンドネオンの響きで胸がぎゅっと熱くなる! ぜひ、ご覧ください!!
 さて、『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』公開を記念して、元金沢市民芸術村音楽ディレクターの工藤文雄さん(なんと、伝説のマエストロたちに実際に会っている!!)をお招きして、簡単なタンゴレクチャーを開催します。映画がより奥深いものになること間違いなしです。この機会にぜひお越しください。
 下記に工藤さんから『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』に寄せて寄稿文をいただきましたので、みなさんにお読み頂きたく、アップします。


映画がより理解できる! 簡単タンゴレクチャー開催!!
■日時:9月5日(日)10:10の回、上映終了後(11:40頃)
■場所:シネモンド
■料金:通常鑑賞料金
    (一般1,500円/学生1,300円/シニア・会員1,000円)
映画上映後に、工藤文雄さんをお招きして簡単な映画のレクチャーを開催します。アルゼンチンタンゴがより理解できること間違いなし! ぜひこの機会にお気軽にお越しください。

[プロフィール:工藤文雄]
1946年8月5日生まれ
東京の服飾学院、デザインスクールのフラワーデザイン講 師を務めたのち、1970年・大阪万博のアルゼンチン館でタンゴの司会。後に復職し、デパート、ホテル、空間ゾーン、ステージなどの 装飾を手がける。デザインスクール、研究会主宰。
1999年、アルゼンチンへ。アストル・ピアソラの墓、 伝説のマエストロたちの墓を訪ねる。帰国後、金沢市民芸術村音楽ディレクター。タンゴをはじめ、クラシック演奏家を招いてピアソラ音 楽の展開をする。2008年退任。吟遊花人。



『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』に寄せて
Caf_ de los MAESTROS
●我が懐かしのブエノスアイレス

 
映画のオープニング曲「マエストロに郷愁をこめて」は泣かせる……、華麗なピアノと、すすり泣くヴァイオリン……。
カルロス・ディ・サルリに捧げたこの曲は、「作曲したというよりは、降りてきたようだった」と言わせるほど、今は亡きマエストロに敬愛を込め、聴く者の心を穏やかに、そして瞬く間に鷲づかみにする。

苦悩の末の望郷がタンゴを生んだといわれる、郷愁を込めた旋律。ラテン気質は陽気といわれるものの、過去を苛み、苦悩にうちひしがれ悶えるのもまた気質。

そこで、有名曲「ラ・クンパルシータ」以上に好まれるのが、「我が懐かしのブエノスアイレス」と、「ウノ」。
曲が流れると必ずといっていいほど、アルゼンチン人なら誰しもが心を揺り動かされ、自然と口ずさむ。
いつも心の中には確かなアルゼンチンタンゴのスイッチがあり、その郷愁を共有しているかのように、隣も、そのまた隣も。
たぶん、最もタンゴのエッセンスがたっぷり詰まっているといわれる、この辺の歌詞からくるのだろう。

○我が懐かしのブエノスアイレス
 
我が懐かしのブエノスアイレス
ブエノスアイレスに帰れば
悩みと悲しみは消えるだろう
わたしの生まれた町の灯は
心からいつも愛している
懐かしい我が故郷
光ほのかな街角で見染めたあの娘は――

○ウノ
人は希望に満ちて
夢が強い願いに約束をしてくれた道を探す
人は皆、残酷で途方もない事を知っている
強い信念のために闘い、血を流す
人は皆、心を失い
取り残されたと知るまで
傷つきそして身を滅ぼす
――
泣かせておいてください
――
人は皆、苦悩の中でひとりぼっちなのだ――


●早熟の隙間から覗くタンゴ

1950年代に聴いたタンゴは、古い曲ばかり。
蓄音器で聴くか、先駆の技術のプレーヤーで聴くか、ソノシートがあった頃だから、LPレコードは凄いレコード技術だった。

歳の離れた絵描きの兄が流すのは、決ってタンゴ、カナロだったか、ダリエンソだったか……。流れる歯切れのいいリズムとは無縁の、少し怪しい部屋(アトリエ)のかなり鬱屈した重いドアから漏れ、それをこっそり聴いていたものだ。
訪ねてくる生徒はさまざまで、青年も壮年も、中に混じって眩しい大人の色香が漂う女性が居るのが少し気になった。
ある日、タンゴに誘われて、というよりは見えない興味にそそられて覗き見た先には、透き通るような裸身の後ろ姿があり、なだらかな稜線を鋭く爛々と光る目がまるで獲物でも狙うかのように激しいタッチで、悩ましい白い素肌の線描を懸命に描いていた。
幼心に、タンゴがよく似合うと思った。

ところ変わって、ブエノスアイレスの街角。貧しい路上演奏者が奏でるバンドネオンは、どこか虚しく物悲しい。逆さにした小銭入れには、最小単位のセンターボ硬貨だけが目立った。たぶん、これでは軽食にだってありつけまい。
傍らで踊り出すカップル。石畳の凹凸に足を取られながらも、男に委ねた女の体と足は、付かず離れず瞬く間に怪しく絡んだ。男が、女の内腿に素早く柔らかい蹴りを入れ触れたときだった。女の半開きの唇から、嗚咽が洩れたのは――。
隠された白い肌が容易に想像できた。遠巻きの子供たちにでさえも。
幼い憧れが確信に変わる一瞬、子供はもう大人への一歩目の真新しいステップを踏み出そうとしていた。
うつむきかげんのあどけない少年が、隣の幼い少女の肩をそっと抱いた。

タンゴにねじ伏せられ、虜になる瞬間。奇妙に符合するふたつの風景が見え隠れし、怪しいリズムに魅せられ乗せられるのに、時間はそうは掛からない。

※日本はタンゴの第二の故郷といわれている

 
●タンゴの夜明け
 
1970年の大阪万博。キューバ館のソン、メキシコ館のマリアッチ、コロンビア館のクンビアなど、通称ラテン村の陽気な中南米音楽が流れる一角にアルゼンチン館はあった。
日本で、タンゴシリーズが定着する全国巡演(民音が企画)の幕開け、その第1回は当時人気絶頂のホセ・バッソが率いる楽団だった。
アニバル・トロイロ楽団のピアニストから独立した、繊細さよりは激しい迫力が魅力の弾き方、ほんの数日で調律しなければ狂い、鍵盤が壊れるとまでいわれ、豪快さが評判のマエストロだった。
歌手は、オスバルド・プグリエーセ楽団出身のアルフレド・ベルーシ。厳つい表情の濁声で、下町言葉・ルンファルド(隠語)でも歌える歌唱力抜群の、実力派だった。
もうひとりは、カルロス・ロッシ。コンテストでグランプリに輝いた若手のナンバーワン、期待の新人で、ベルーシと対極の甘い歌声が持ち味だった。
バンドネオン奏者には、ブロードウェイでのヒットに始まり、のちに世界的に話題を呼んだ「フォーエバータンゴ」の音楽監督に出世する、リサンドロ・アドロベールもメンバーの一員として加わった。

そのパビリオンを取り巻く観客は途絶えることなく、ステージは連日長蛇の列で賑わう。

それから29年後、1999年夏に、ベルーシとはブエノスアイレスの有名タンゲリアがひしめくエリアから離れた、まるで寂びれたカフェ、その名も「ラ・クンパルシータ」で再会をする。
かつての名声がそうさせるのか、出番は看板歌手なので深夜を過ぎてから。しらんぷりを決めて最前列に近い席に座ったが、気がつくはずもない。
こちらから名乗った。驚きは隠せなかったが半信半疑、ようやくアルゼンチンに来たわけを話すと、弛んだ頬をと唇を激しく震わせ「お前は、とんでもないことを言う!」と、あの厳つい表情を取り戻し、睨みつける。「あのタンゴ殺しのアストル・ピアソラが大好きだなんて!」と何度も威嚇し、呟く。怖くはなかった。

かつての屈強な面影はすっかり消え、膝を付き合わせた体制から、太腿に手を置くといかにも痩せた感触が伝わり驚いた。
訳を訊く前に自分から話したのは「手強いもの依存している!」と白状をし、なみなみと注がれたウイスキーを苦悩と一緒にがぶ飲みをしてからステージに上った。
歌唱はかつての偉才を放つが、歌い終わると崩れるようにして椅子に腰掛け、マイクを持つ手が震え、唇が小刻みな振動を繰り返していた。

帰国してしばらくしてから、中南米音楽誌でベルーシの訃報を知る。
頼るものの矛先が何なのか、押し黙り、物悲しい歌い方そのままに、躊躇うことなく豪快にあの世に行ったのだと思った。
ただただ泣けてきた。

救いは、カルロス・ロッシ。同じ1999年、タンゲリアとしては超有名店の「ビエホ・アルマセン」で会った。
押しも押されぬ看板歌手、ガルデルばりの甘い歌声はさらに磨きがかかっていた。
大トリは、ビルヒニア・ルーケ。高齢でおぼつかない足取りの彼女をロッシがしっかりと支え、大歌手を敬う眼差しは、どこまでも優しく慈愛に満ちていた。
別れ際、ガルデルの曲など、懐旧タンゴがたっぷり詰まったCDをさり気なく手渡された。
格好いい、マエストロの貫禄と風貌さえ漂う。


●悲しみのマエストロ

マリアーノ・モーレスの来日公演。その最中に、息子の歌手、ニト・モーレスは亡くなった。
パンフレットに名を連ねていたのだが、急な来日取りやめだった。3回ぐらいの公演休止はあとに延期をしたように思う。3、4日空けただけで帰ってきて、再び公演を続けるというもの。怖いほどのプロ意識だと思った。
いまでも「タンゲーラ」(器楽曲)を聴くと、無性に泣けてくる。
ニトの妻、クラウディア・モーレスも歌手で、素敵な歌声のカップルだったのに……。来日記念盤の、美しいハーモニーが切ない。

モーレスは、来日公演で金沢にも来ていた。そんなこととは露ほども知らず、彼を片町の居酒屋に連れて行き、好物の焼き鳥などを注文し、そのあとしばらくしてから帰った。同行していたディレクターと、次の店に行くので。

案内先に着くまでの車の中、妻と手を取り合って俯きかげんで何かを話していて、振り向くと急に笑顔で笑っていたのが今でも鮮明に目に浮かぶ。

映画でハミングする笑顔と、あのときの少し寂しげだった笑顔。その影に隠された、越えられない悲しい出来事を、誰しもが持っている悲しみのように表現するのがタンゴ。
聴く者を虜にする、ヒットメーカーといわれる由縁の音と重なり、切な過ぎる映像に釘付けられる。


●ピアソラのこと
 
今世紀の重要人物10人の中に、「ゲバラ」、「エビータ」などと並んでピアソラも名を連ねた。
タンゴの改革者は、今では功労者と称えられるが、ピアソラしか知らないタンゴファンは、おそらく映画のマエストロたちの偉業を知らない。ピアソラを否定するほど、多くはタンゴに触れてはいないというのが実情のようだ。
 でもひとたび聴けば、ピアソラの音楽にはクラシックではない、タンゴが確かに息づいているのに気がつく人も多い。
望郷で、ブエノスアイレスとは行ったり来たり、ピアソラが幼い頃に裏打ちされた音楽とは切っても切れないことに気がつくのも異郷の地で、自身がクラシックを学んでいる時だった。
 
その出発点はアニバル・トロイロ楽団。当時、人気絶頂の楽団の編曲を担当した時、窮地に落としかねない古典曲の編曲に携わって、まるで自作曲のように勝手に手を加えて物議を醸しだしたのだった。
 
町を歩いていて、石をぶつけられた話を本当だと思ったことが何度かある。
 カフェで飲んでいる時や、小旅行で知り合った老夫婦、ピアソラを持ち出すと途端に表情が曇った。薬局の親爺などは、風邪治療の熱冷まし薬を所望すると、帰り際「毒を入れておいた!」ときつい冗談を真顔で投げかける。
すぐに笑顔に戻ったのは、今日のタンゴの隆盛にピアソラの貢献が大きいことを知っていてのことだろう――。
 
懐旧と改革とは切っても切り離せない仲。歴史も、演奏会での構成上も確実に良縁を取り持っている。この頃では。
 デサルリのシンプル、トロイロのハーモニー、ダリエンソの電撃、プグリエーセのスタッカートの改革だって、今はすっかり伝説。
 この繰り返しは、それぞれのマエストロによって作り変えられていくことは確かなようだ。


「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」
8/28(土)〜9/3(金)
 13:45
9/4(土)〜9/10(金)
 10:10/19:00
[2008/アルゼンチン/1時間32分]
監督:ミゲル・コアン
出演:レオポルド・フェデリコ、ニコラス・レデスマ、ラグリマ・リオス、カルロス・ラサリ、アニバル・アリアス
公式ホームページ →→→
http://starsands.com/tango/
第58回ベルリン国際映画祭パノラマ部門出品作品
永遠に語り継がれる夜、奇跡のステージの幕が開く! 2006年、アルゼンチンタンゴの黄金時代(40〜50年代)を築いたマエストロたちが感動の再会を果たした。長い人生の旅路を経てその顔に刻まれた皺のひとつひとつ、老いるごとに色香を漂わせ、誇り高く生きる姿に痺れる! そしてブエノスアイレスの壮麗なオペラハウス、コロン劇場で真夏の一夜の幕が開く。郷愁のバンドネオン、心を揺さぶる、深く艶やかな歌声、そこには既にこの世を去った顔もある…。タンゴ、それは人生そのもの。音楽史に語り継がれる永遠の一作。