〈ものがたり〉

 故郷金沢にほど近い空港に降り立った秋聲(嶋田久作)。彼は、甥の辰之助(ナシモトタオ)の案内で、まずは鮎を食べされてくれるという料亭に向かう。しかしそこでの女中の言葉とは裏腹に魚田となる鮎はないと知らされ、別の料亭へと向かう。あると言った魚がないことの不思議。やがてふたりは旧知のお絹(とよた真帆)とおひろ(西條三恵)の家へと向かう。

ひがし茶屋街の一角。そこは彼女たちの母親が始めた宿でもある。とはいえ、泊まり客もほとんどなく、かつての面影を忍ばせるだけの、どこか時代から取り残されてしまった風情が漂っている。けれど彼女たちには、そこを再び活気づかせようという気配はない。かといって投げやりというわけでもなく、こまめによく働く。瀟洒で、静かなこの町に相応しく、涼しい趣きのお絹。時代の流れをひっそりと避けて、そこにあり続けることだけが生きる証のようにも見える彼女の落ち着き方に、秋聲は次第に惹きつけられていく。しかし秋聲の、お絹を慕う名状し難い想いは、茶屋街の密やかな空気に漂うばかり…。

なにかから逃れるように、宿の離れの二階に部屋を取る秋聲。宴会の客も少なく、宿はひっそりと静まりかえったままだ。ときおり越後獅子の調べと共に嬌声も聞こえるが、それもまぼろしのように耳をかすめていく。

一方、見舞いに行った病床の兄・順太郎(宮上一樹)の気弱な態度に、秋聲は、鉱山に縛られて過ごした兄の30年の人生を思う。病室の窓際に掛けられた鳥籠の中で鳴く小鳥の声の哀れ。何をするともなく、うかうかと小説家の日々が過ぎて行く。日々の中でお絹が生涯の岐路に立っていることや、彼女がもっとも寂しい道に立っていることをそれとなく理解する。はやりのジャスクラブ(もっきり屋)にお絹を誘う秋聲。ボーカリスト(ケイコ・リー)の声は、その儚げな思いとは別に、街中に甘く力強く響いていくのだった。

秋聲の独白:「お絹に働きかけていく気は、今の自分にはないと云った方がたしかであったけれど、お絹ほど好きな女はどこにも見当たらなかった。もし事情が許せば、静かなこの町で隠逸な余生を楽しむ場合、陽気でも陰気でもなく、意気でも野暮でもなく、なおまた、若くもなく老けてもいない、そして馬鹿でも高慢でもない代わりに、そう悧巧でも愚図でもないような彼女と同棲しうる時の、寂しい幸福を想像しないではいられなかった」

二十日あまりの、金沢での日々。秋聲は再びそこを後にする。お絹の謎と密やかな思いは、やがて自身の中に場所を得て、しんと落ちつきをみせる。往時を思わせる町並みと、近代的なビルの光が同居する金沢の街の中で、小説家の思いは時の流れの両方向に押し広げられていくのだった。